各グループの立ち位置(メディア・エクスプリモ研究活動報告2009より)
![]() | 須永剛司 SUNAGA, Takeshi 多摩美術大学 Tama Art University |
須永グループの専門は情報デザインです。学び、仕事、遊び等、人々の様々な知的活動とそこに生まれる情報の「かたち」を創りだす研究と実践の領域です。そのバックグランドは「美術」です。
しかし今、情報デザインは「美術」の範疇に留まれなくなり、文系や理系などの様々な学問知や実践とつながることが不可欠な状況にあります。
それは「情報」という対象のかたちが「見えないこと」に由来します。情報にかたちを与えるデザイナーたちには、その「見えない対象」の成り立ちを理解する力が求められ、また異なる分野の専門家たちとの対話が求めら
れているからです。
このような状況の中で、「美術」が「情報の文系と理系の学問」と本気で共同する機会が訪れました。CREST 研究「デジタルメディア作品の制作を支援する基盤技術」領域との出会いです。
この領域は、情報デザインにいる私たちにふたつの研究テーマをつかませてくれました。
(1)そのひとつは「表現の復権」というテーマです。私たちの生活世界には、近代における「美術」という制度が扱いきれなかった「表現」があります。それは、家族アルバムや年賀状、あるいは盆栽やベーゴマのように、民衆の生活の中に生きてきた幅広い表現活動です。「表現の復権」とは、それらの表現の本質を捉え再編成し、人々の生活に復権することです。現代において、それを可能にすることを支えるのはデジタルメディア技術だと考えました。
(2)ふたつめは「実社会と技術をつなぐ学問としての情報デザイン」づくりです。本プロジェクトをとおして実現する、「情報」について考え行動している学問分野と協働すること。合わせて、
表現に関わる様々な社会実践活動と協働すること。そこから「シンセシスの学問」の創出に貢献したいと考えました。
今、研究期間の真ん中にいます。ここまでの研究成果は、現実の社会に市民の新たな表現活動を生み出していることです。人々が展開する表現活動の中に、私たち研究グループが巻き込まれ、もがきながら、新たな技術システムと文化のプログラムを人々と共に創出する研究が展開しています。
![]() | 西村拓一 NISHIMURA, Takuichi 産業技術総合研究所 National Institute of Advanced Industrial Science and Technology |
西村グループは、須永/ 水越グループによる表現の深化/広がりに関する研究を技術面で加速するために、堀グループと連携して研究しています。シーズ技術起点でシステムを構築するのではなく、人々の表現活動を分析し「表現が編みあがる社会」の創出をデザインする研究の中に入り,表現活動にとって本質的なシーズ技術とシステムを模索しつつ研究しています。
最近、人々が日常生活の一コマを撮影しネットで発信したり、国境を越えて一つのビデオ作品を協働で創造するなどの活動が活発になっています。実世界デバイスでは、携帯電話やデジタルカメラなどのウェアラブル端末が普及し、今後ライフログと呼ばれているように人生すべての活動ログを記録できる技術も研究されています。また、ネットでは、クラウドによる高度情報サービスが生活に浸透し始め、今後は人々のすべての日常活動が共有され、世界中の人々が適材適所に人類の共有知を
活用したり思いを分かち合う世界が近づいています。
このような技術動向の中で、人々が深い喜びや感動を共有する表現活動を持続的にするためには何が本質か、その活動を支援する実世界インタフェースやオンライン協働システムには、どのような技術が必要か、須永/ 水越グループの実践の中で議論しています。実世界インタフェースでは、人々のデバイス利用特性を分析し、表現活動でカギとなる協働の振り返りと二次表現を支援する技術を研究しています。オンライ協働システムでは、既存のサイトでの創造活動を分析し、表現の循環を促す上で重要な表現の連鎖を可視化する技術を研究しています。
本プロジェクトは、様々な技術が生まれている現代において、それらの技術がどのように社会に接地すれば人々の表現活動を深く広くできるのかをデザインするという極めてチャレンジングなものです。グローバル化で競争激化の時代に、社会に価値を提供するという夢を現実に変えるよう邁進していきたいと思います。
![]() | 水越 伸 MIZUKOSHI, Shin 東京大学 The University of Tokyo |
水越グループの軸足はメディア論にあります。メディア論とは、コミュニケーションを媒介するモノやコトとしてのメディアと、媒介作用=メディエーションについて、社会学、マス・コミュニケーション論、カルチュラル・スタディーズ、記号論、社会史、技術社会論などといった人文社会系の学際知によって成り立っている領域です。そのうちでも特に、メディアと人間、社会の関係性を社会文化的な観点からとらえるソシオ・メディア論を共有しつつ、コミュニケーション研究、ローカル・メディア論、市民メディア論、メディア史、アーカイブ研究、情報デザインなどの多彩な得意分野を持つメンバーから構成されています。
メディア論は、これまでは情報技術やメディアがもたらす社会的、心理的変化についての実証的調査研究と、欧米に準拠した批判的理論研究が中心でした。メディア・エクスプリモにおいて僕たちは、批判的理論研究や実証的調査研究を踏まえつつも、そこから一歩踏みでた実践的研究を展開し、その方法論を含めて新たなメディア研究の次元を切り拓きたいと、意欲的に考えています。そのための方法論が、ワークショップなどのデザイン、プロデュースを通して日常生活におけるメディアと人間の関わり方を異化し、組み替えていく営みで、それを「批判的メディア実践=critical media practice」と呼んでいます。
水越グループの役割は大きく二つに分かれます。一つはデジタル時代の市民のメディア表現、芸術をとらえるための思想的、理論的枠組みを構築すること。もう一つは、メディア・リテラシー、メディア表現などをめぐって水越を中心に進めてきた先行実績を精査、批判的に応用しつつ、市民のメディア表現を育むための文化プログラムを、他グループの技術システムなどと複合しながら、開発、実践していくこと。
理論と実践の往復運動を通じた、デザインマインドのある実践的メディア研究の立場から、メディア・エクスプリモに参画、協働しています。
![]() | 堀 浩一 HORI, Koichi 東京大学 The University of Tokyo |
堀グループの研究のバックグラウンドは、人工知能研究です。人工知能研究の最も得意とするところは、記号化された表現の形式的および意味的な操作です。市民がなんらかの芸術を表現しようとする時、それを手助けするための情報システムというものがありうるはずで、情報システムの研究の中でも表現の操作を得意技とする人工知能研究の貢献できるところは大きいだろうということで共同研究が始まりました。
しかし、従来の多くの研究とは異なり、我々は、手持ちの技術を押し付けることをしないことにしました。文科系のグループがデザインする市民芸術のための文化プログラムの陰に隠れて、言わば黒衣の役に徹する情報システムを構築することにしました。市民芸術のために情報システムは必要不可欠のものではありません。
しかし、文化プログラムと組み合わせて上手にデザインすると、情報システムは、表現の編み上がりのプロセスを従来とはまったく異なる気持ちの良いプロセスに変化させる可能性があります。人と人とのつながり、人と表現とのつながり、および表現と表現とのつながりを人工知能の技を生かした情報システムは変化させることができるはずだからです。特に、技術的には、表現されたものをいったんばらばらに分解してしまって、再結合した時にどのような新しい表現を生成しうるかというようなところに興味があります。
情報技術と文化プログラムの上手な組み合わせというところが難しいところで、同じ技術を提供しているのに時と場合によって異なる効果が得られます。それがどういう構造をなしているのかを解明するためには、従来の自然科学のアプローチとは異なるアプローチが必要になりそうです。
うまくいったところと未だ不十分なところの両方があります。今回のシンポジウムでは、その両方をご覧いただければと存じます。

文理越境で進めてきたメディア・エクスプリモは、評価委員のアドバイスなども交え、図のような感覚で異分野と交流し、協働することを心がけてきた。
4本の指はエクスプリモの4グループである。それぞれ先端的な学問成果をあげている一方、手のひらに当たる基盤の部分で協働している。協働のしかたは図1-2で説明したとおりだ。
さて、4本の指はそれぞれ先端と基盤を持ちながら協働するわけだが、じつはそれだけだとモノをつかんだり、つまんだりといったかたちで、いわゆる手として機能することはできない。必要なのは親指だ。すなわちこの親指が市民である。市民はたんに4 本の指が生みだすモノやサービスのユーザーであるだけではない。市民が主体的に技術にアクセスしていく、たとえば親指と人差し指、親指と小指というふうな個別的なかかわりも結ぶことができる。
すなわち親指の存在と働きこそが、メディア・エクスプリモの眼目となって、研究の協働と社会への還元を目指すことができるのである。